弾いて喋って、喋って弾いて・・・めざした究極の三味線ライヴ
伝統芸能プロデューサー <古典空間>代表 小野木豊昭
交通手段やインターネットの急激な発達で、ますます進行する世界のボーダレス化。そして日に日に日本文化の色彩が薄くなる現代社会。
今、私たちは居ながらにして自らの文化に触れる機会をつくる必要を痛感しています。
「伝統を単に“再現”するだけでなく、今という時代のフィルターを通し、明日へのエネルギーとして昇華し得る芸能として、イキイキと
“再生”してゆきたい」そんな想いを抱いて企画制作事務所を立ち上げたのが平成元年。時を同じくして、「古き良き長唄の楽しさ、奥深
さを、少しでも多くの方々に伝えたい」と意気投合し邦楽界に出現した革命児こそ<伝の会>だったのです。
一回でも多くの「本番」を経ることにより自らのスキルアップを図る芸の世界。若い演奏家たちが本気で鎬を削りあうステージは、まさ
に“掘り出し物”なのです。<伝の会>も当初は勉強会公演からスタート。次々と回を重ねるうちに、お客様の視線に立つことの大切さを
感じ、自らのキャラクターを活かし、「楽曲解説」などを自らが喋るスタイルを確立。曲間に演奏者自身が喋る・・・しかも爆笑トーク。
「〜ねばならぬ!」「〜べきである!」が実に多い古典芸能の世界ではあり得ないニュースでした。
ニュースを聞き付けた私が向かった豊島区大塚にある100名ほど収容の“アングラ劇場”。
覇気に満ちた闊達たる演奏と、掛け合い漫才顔負けの喋り・・・緊張と弛緩の波に揺られた二時間余り、聞きしに勝る内容に、<伝の会>
こそが伝統と現代の繋ぎ手になり得ることを確信、その後タッグを組んで早、十数年が経ちました。以降、中央区にある、お江戸日本橋亭
での長唄演奏会や南青山マンダラといったライヴハウスでの定例ライヴ。さらに、全労済ホール スペース・ゼロプレゼンツ、三日間に
わたり様々な三味線を紹介した「伝の会がおくる三味線音楽大集合!」や津軽三味線の上妻宏光とのジョイントツアー公演「三味線真剣
勝負!」。東欧諸国や中国、モンゴル等の海外公演、3枚のCDリリース等々、時には大げんかをしながら伝統音楽の新たなる着地点を
目指して“こけつまろびつの三人四脚”で走り続けた歴史でした。
2002年以降、文科省の「学習指導要領」の中で学校教育における邦楽器の使用が謳われたり、TVCMやバラエティ番組に邦楽の若手
演奏家が度々登場するなど、私たちがライヴハウスや貸倉庫などで冷ややかな視線と様々な批判を浴びながらも“実験”を始めた当初と
比べると、世の中の邦楽受容の度合いには隔世の感があります。
古典とは何か?の問いに対して、「過去に創造された優れた作品で、時代を経ても、場所を変えても、日々を生きる人々の心を捉え、
胸を打つもの」と私は答えています。歌舞伎を支え、歌舞伎と共にあり続ける長唄というジャンルには、未だその輝きを失わない古典の
名曲がきら星の如く存在します。しかしながら、日常生活の延長に当たり前に置いてもらえなくなってしまった音楽であるということも
素直に受け入れなければなりません。そんな長唄と現代とを結ぶ方法として<伝の会>は、若い演奏家たちが盛んに行っている新作演奏や
異ジャンルとのコラボレーションという方向性ではなく、古典を古典として見せる方法を選んだのです。
最も地味で不器用な方法で展開してきたにも関わらず、長年、ユニットとしての存在意義が色あせない理由は、「古典を古典として」
という単純かつ正攻法のクオリティの高さに他なりません。「切るか切られるか」という演奏に息を飲む緊張感と、兄弟のように気の
合った二人が繰り広げる爆笑トークに一息つく安心感。この両者のクオリティに翳りを生じた瞬間に人々の関心は移ろうことでしょう。
<伝の会>に新作や新たなる展開など必要ないのかもしれません。
これからも二人が向き合い、いわゆる長唄の「家」に生まれた“サラブレッド”ではない二人ゆえの奇想天外な発想と行動力、そして
ただひた道に、確立してきた「見せ方」、つまり緊張感と安心感のクオリティを保ち続けることこそ、邦楽界に一石を投じ、新たな
歴史を作ってきた<伝の会>の存在価値であると私は信じて止みません。