受け止めるべきメッセージ

3月11日に発表されたドイツのモニカ・グリュッタース文化相のコメントが、NEWSWEEK日本版で紹介されている。

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  予断を許さない異常な状況と先の見えない不安感のなかを生き抜くには、体の健康だけではなく、精神面での健康を保つことも大変重要だ。

  「非常に多くの人が今や文化の重要性を理解している」とするグリュッタースは「私たちの民主主義社会は、少し前までは想像も及ばなかったこの歴史的な状況の中で、独特で多様な文化的およびメディア媒体を必要としている。クリエイティブな人々のクリエイティブな勇気は危機を克服するのに役立つ。私たちは未来のために良いものを創造するあらゆる機会をつかむべきだ。そのため、次のことが言える。アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ。特に今は」と述べ、文化機関や文化施設を維持し、芸術や文化から生計を立てる人々の存在を確保することは、現在ドイツ政府の文化的政治的最優先事項であるとした。

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さらに5月27日、朝日新聞に掲載されたドイツのメルケル首相の言葉は以下の通りである。

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  「文化的催しは私たちの生活にとってこの上なく重要だ」。ドイツのメルケル首相は9日の演説でこう話した。文化や芸術を通して「私たちは過去をよりよく理解し、未来に全く新しいまなざしを向けられる」とし、「文化的環境を維持することが政府の優先順位の一番上にある」と語った。

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芸術文化の存在意義を、これほど明快かつ端的で力強く語られた言葉を知らない。

今回のコロナ禍によって、様々な問題が顕在化しつつある。本来ならば向き合わなければならないと意識下にある事柄でも、今の今まで経済効果及びそこに付随する価値観を優先させてきた結果、敢えて触れない、触れてはならない日常があった。芸術文化への取り組みもその最たるものであろう。

第二次補正予算が可決され、そこには芸術分野への支援が謳われているとは言え、実際に支援が行き届くまでにどれだけの時を要するのであろうか。

「不要不急」「三密該当箇所」という言葉のもとに、最も早い段階で幕を下ろし、本格的再開には最も時間がかかるであろう劇場・ホール・ライブハウス等の施設。命こそ最優先ではあるが、言い換えればその命を繋ぐ底力こそ芸術文化なのである。感染防止のために今しなければならないことは徹底すべきであるが、同時に一刻も早い再開のために考え、工夫を凝らさなければならない、と言うは実に易しなのである。その答えが見つからないから、本来は「時間と空間の共有」が軸足のパフォーミングアーツは、今は映像配信という手段に様々な論理的筋道を付加しつつ道を求めているのである。もっとも、過去のどのような事態にも、滅するどころか災疫という負のエネルギーを新たな表現に昇華させてきた歴史が芸術文化にはある。パフォーミングアーツ、つまり生(ナマ)の世界に、目的をもった映像が新たな発信手段として生き残るのかも知れない。

いずれにせよ、この日本という風土における芸術文化に対する意識変革が起きる、否、起こさなければならない。ドイツ二人の首脳のメッセージを本気で真に受け、本気で意識下に定着させる絶好の機会に他ならない。二度と「不要不急」などというレッテルが貼られることのないよう、芸術文化に携わる側も“地に足を着ける”必要があると思っている。発信する側も、受けとめる側も、支える側も、すべての人々が、人間社会における芸術文化の本質と価値を本気で再考する機会と捉えて行きたい。

(小野木記)